若い人達に聴いてほしい Ⅲ

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Kind Of Blue / Miles Davis                   1959



2011年最初の音楽話はジャズ。

マイルス・デイビスは1926年アメリカ・イリノイ生まれのジャズ・トランペット奏者。モダン・ジャズの創世記から1991年に亡くなるまで革新的な音楽を追求してきたジャイアントだ。
マイルスに関しては様々な評論がなされており、またマニアも大変多いことからこうして語るのは少し怖い気もするが、一度は聴いておくべき20世紀の遺産のような作品だと思う。

ジャズという音楽は1900年代初頭にラグタイムやブルース、ブラスバンドなどから誕生したと言われている。その特徴はなんといってもアドリブ性にあり、原曲をいかに自分流に演奏するかということが原点にあると思う。カッコイイ演奏の競争が生んだ音楽だ。当初はダンスのための演奏だったが、だんだんと聴かせる音楽へ変貌しその中から個性ある解釈と演奏が発展してきている。その最初の画期的変革はビ・バップと呼ばれたジャズで、原曲のコード進行を代理コードでリハーモナイズしたり、一つのコード内でも転調を行うといった複雑化でアドリブを行う。その疾走感と躍動感は当時の人々にとって新鮮な驚きと興奮であったと思う。チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスビーがつとに有名だ。マイルスもそうした中で切磋琢磨していたのだろうが、どうも聴いていてたどたどしいというかぱっとしない。そんなマイルスのジャズを大きく転換したのがこのアルバム Kind OF Blue だと思う。




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若い人達に聴いてほしい Ⅱ

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Tarzana Kid / John Sebastian              1974


1944年ニューヨークはグリニッジ・ヴィレッジ生まれ。1965年にラヴィン・スプーンフルの中心メンバーとしてデビューするが、それ以前の1963年に結成されたイーヴン・ダズン・ジャグ・バンドに参加している。

ジャグ・バンドというのはアメリカの古いバンド形式で、1900年にケンタッキーで初めてお目見えしたことになっているが、きっとそれ以前から人々の間で愉しまれていた形態であると思う。ジャグ(瓶)、ウォッシュボード(洗濯板)、ミュージカルソー(ノコギリ)、ウォッシュタブ(洗濯桶)、スプーンなど身近な音の出るものを楽器代わりに使い、そこへハーモニカやらバンジョー、ギター、マンドリンなどの楽器をくわえるのがジャグ・バンドスタイルだ。
*このスタイルからジャグを抜いたものがイギリスで流行ったスキッフルと考えて良さそうだ。



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ボブ ディランとイキリス民謡

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クオリーメン (右の演奏者は洗濯板を持っている   センターは若き日のジョン・レノン)


またまた音楽の話で恐縮です。3月まで続きます・・・・

アメリカでは1950年代からフォーク・リバイヴァルによって古い伝承歌が掘り起こされていったが、この動きは大西洋を挟んでイギリス(スコットランドやアイルランドなども含めた意味でブリテンと呼びたい)でも同じような動きを見せる。

ブリテンではこの時期スキッフルと呼ばれた音楽が大流行していた。取り上げられたのはアメリカのフォークやブルースといった伝承歌などで、その流行はあっと言う間に収束するのだが、後のブリテンのロックには大きな影響を残した。もともと洗濯板や紅茶の茶箱などを改良して楽器代わりに、ギターやバンジョーと合奏するスタイルがスキッフルなのだが、なにせガラクタの楽器で技術も問わないとあって、猫も杓子もバンドを組み、教会の集会や学校、カフェなどで気軽に演奏を楽しんだ。その中からミック・ジャガーやジミー・ペイジ、リッチー・ブラックモア、ヴァン・モリソンそしてクオリーメン(後のビートルズ)なども出てきている。ブリティッシュ・ロックのビッグネーム達もそのキャリアはアメリカのフォークや伝承歌を題材にした音楽がスタートであった。


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若い人達に聴いて欲しい Ⅰ

 
Bobby Charles / Bobby Charles               1972


またまた不人気の音楽話を一席。しかもおせっかいにも押しつけがましいタイトルで、我ながらどうにも・・・しかし昨今の音楽を耳にするにつけ、そんなことを思ってしまうわけだ。

さてボビー・チャールズである。先にも書いたウッド・ストック系のミュージシャン。1938年ルイジアナ州生まれ(ご存命なら72歳。今年1月に亡くなった)。ケイジャンの家系に生まれたようだ。

ケイジャンとはAcadianの英語読み訛りで、現在のカナダ東海岸にあったフランスのアカディア植民地にいた移民を指すが、18世紀半ばのフレンチ・インディアン戦争(フランスvsイギリスの北米での戦い)で強制的に南部アメリカに移住させられた。
その土地がルイジアナ=フランス王ルイに由来、ニューオリンズはヌーベルオルレアン、バーボンはブルボンとフランス語がもとになっていることからもわかるようにもともとはフランス領植民地。後にはスペイン領になったりと、様々な文化が交錯し音楽も独自の発展を遂げた。この土地がなかったらジャズもロックも、今のポピュラー音楽は無かったと言っていい。



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Bob Dylan

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The Freewheelin'                       1963


今年の春はディランの来日公演があった。たしか今年で69歳。ぜひとも行きたかったが実現しなかった。ボブ・ディランは1962年にレコードデビューしたアメリカのフォーク、ロックミュージシャン。おりしも当時のアメリカはフォーク・リバイバルと呼ばれた時代で翌1963年に発表されたこのアルバムにある「Blowin' The Wind」は当時の公民権運動の中で大いにもてはやされ、PPMがカバーし世界的なヒットとなった。所謂プロテスト・ソングってやつだ。日本でも「風に吹かれて」として大ヒットした。公民権運動、東西冷戦の中でのキューバ危機、大統領暗殺、ベトナム戦争・・・当時のアメリカでは反戦、人種差別反対などの運動が盛り上がり、その中でフォークソングが結びついて行く。この流れは日本でも同じだった。

人々はディランの歌に体制への批判、反抗を見出だし共通の合言葉として祭り上げていった。たしかにディランの言動は反体制に見えたし、世の大人を茶化すような態度は子供には痛快に映ったものだ。それにフォークソングそのものの成り立ちを考えればこの手の音楽は反体制であたりまえだ。しかし本人はプロテスト・シンガーと呼ばれることには抵抗があったらしい。そんなつもりで作ったんじゃあない・・・・と。当時の私はそのことが理解できなかった。なぜそんなことを言うのだろう?随分とひねくれているなあ、と。

ボブ・ディランはフォーク、ロックの金字塔であるという。21世紀の今煮詰まった感のあるロック・ミュージックにおいても最重要なのだと言われている。何が最重要なのだろうか?反体制のプロテスト・シンガーと思われるのがなぜ嫌だったのだろう?




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Author:somebin
東京都練馬区在住
FF歴35年を超えました。まだまだ修行中の身なれど
少しでも役に立つ記事が書ければ幸いです。

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