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Bob Dylan

Dylan1 
The Freewheelin'                       1963


今年の春はディランの来日公演があった。たしか今年で69歳。ぜひとも行きたかったが実現しなかった。ボブ・ディランは1962年にレコードデビューしたアメリカのフォーク、ロックミュージシャン。おりしも当時のアメリカはフォーク・リバイバルと呼ばれた時代で翌1963年に発表されたこのアルバムにある「Blowin' The Wind」は当時の公民権運動の中で大いにもてはやされ、PPMがカバーし世界的なヒットとなった。所謂プロテスト・ソングってやつだ。日本でも「風に吹かれて」として大ヒットした。公民権運動、東西冷戦の中でのキューバ危機、大統領暗殺、ベトナム戦争・・・当時のアメリカでは反戦、人種差別反対などの運動が盛り上がり、その中でフォークソングが結びついて行く。この流れは日本でも同じだった。

人々はディランの歌に体制への批判、反抗を見出だし共通の合言葉として祭り上げていった。たしかにディランの言動は反体制に見えたし、世の大人を茶化すような態度は子供には痛快に映ったものだ。それにフォークソングそのものの成り立ちを考えればこの手の音楽は反体制であたりまえだ。しかし本人はプロテスト・シンガーと呼ばれることには抵抗があったらしい。そんなつもりで作ったんじゃあない・・・・と。当時の私はそのことが理解できなかった。なぜそんなことを言うのだろう?随分とひねくれているなあ、と。

ボブ・ディランはフォーク、ロックの金字塔であるという。21世紀の今煮詰まった感のあるロック・ミュージックにおいても最重要なのだと言われている。何が最重要なのだろうか?反体制のプロテスト・シンガーと思われるのがなぜ嫌だったのだろう?




Dylan3 
Good As I Been To You                 1992

Dylan2 
World Gone Wrong                       1993


レコードデビューから30年。ディランはなかなかすごいアルバムを出した。内容は古いアメリカのトラシショナル(伝承歌など)や戦前の南部で歌われていた流行り歌をギター一本で演じたものだった。考えてみればディランは30年前からこうした古い曲を取り上げていた。初のLPに入っているMan Of Constant Sorrowなどは古くからアパラチア山脈地方に伝わる民謡だ。ディランは最初からこうした古い曲、ルーツ音楽に興味を持っていた。

古い歌というのはさかのぼればピルグリム・ファーザーズ以来の移民時代にまでたどり着く。移民たちはそれぞれ生まれた故郷で宗教的迫害や弾圧、貧困から逃れるために新天地アメリカへやってきた人々がほとんどだったろう。彼らが唄っていた音楽というのはそうした境遇を反映したものが多く、必然体制への批判、反抗へ結びつくことになる。

混沌とした社会情勢の中で、そうした曲は社会主義運動や公民権運動、反戦運動などと結び付き、それを取り上げ唄ったミュージシャンはプロテスト・シンガーと呼ばれた。それが1960年代初頭のディランであったと思う。

しかしディラン自身には政治的な意図などあまりなく、古い音楽を取り上げる事、自分の音楽に取り込むこと、それがこの時代に「売れる」要素だと見抜いていたのではないだろうか?現にディランは生まれ故郷のミネソタの小さな田舎町を出てミネアポリスの大学に籍を置くも、すぐにドロップアウトし、ロックンロール歌手としてプロの道を目指した時期があったようだ。しかし時代はフォーク・リバイバル時代に入っていて、歌手として成功するにはフォークの方が有利だと思っていたふしがある。だから際立って政治的ではないのだが、目指した方向と取り上げた音楽によって人々に特別な反権力フォーク・シンガーとして迎えられた、ということではなかったのか。



Folkmusic.jpg 
Anthology Of American Folk Music       1952



1954年エルビス・プレスリーがレコードデビューする。ロカビリーと呼ばれたロックンロールに直結する音楽が衝撃的に世に出た瞬間だった。そしてリトル・リチャード、チャック・ベリーなどから始まるロックンロール時代がすぐにやってくる。

ディランはこの時代高校生で毎日ラジオを通じて聞いており虜になっていたようだ。しかしその隆盛も下火になる。1960年代のフォーク・リヴァイバルが勢いを増してきたのだ。その中でハリー・スミスという人が編纂した古いフォーク・ソングを集めた資料的意味合いが濃いアルバムが重要な役割を果たすことになる。

アンソロジー オブ  アメリカン フォーク ミュージックというアルバムは主にアメリカ南部の古い音楽を集めたものだが、そこには黒人・白人共通のなかなかすばらしい音楽が収められている。フォーク隆盛の当時ここに原点を求めようとしたミュージシャンは多い。ディランがバイク事故でウッドストックにこもった時、後のザ・バンドとセッションを重ねた音楽のヒントもここにあった。フォークのみならずロックにこの古いアメリカのルーツ音楽を取り込もうとしたこの動きはたちまち他のミュージシャンに広がり、アメリカ南部音楽への傾倒となってイギリスにまで到達する。エリック・クラプトン、ジョージ・ハリスン、デイブ・メイスン、みな当時自分が表現していたロックのルーツを求めるようになった。

様々な音楽がごった煮のように混ざり合ったいた時代から録音技術、ラジオ放送を経てそれがアメリカ中に拡散した時代。プロのミュージシャンが現れ、いいとこ取り、カッコいいとこ取りで徐々に新たな音楽体型が創造されていく時代。ロカビリーからロックンロール。不況やレッドパージ、混乱の世にもてはやされたフォーク。そのフォーク・ルーツをロックに再編したディラン。やはりディランは「最重要」なのだろうと再認識。
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東京都練馬区在住
FF歴35年を超えました。まだまだ修行中の身なれど
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